郡上伝聞録GUJO DENBUNROKU

vol.2 郡上地味噌 大黒屋

- 喜ぶ顔が見たいから。手で作ることにこだわる4代目 -

「菌が生きているのよ」味噌を樽から詰め替えているお母さんがおっしゃる。
「だから天気によっては発酵が進んで、味噌のパックが膨れ上がるの。菌が死んでいるお味噌はそんな風にはならんのよ。
扱いが大変だけど、この方が美味しいんよ」と愛おしそうに、誇らしげに味噌を眺める。

 

町家の土間を通ってずっと奥の方に、作業場がある。
入ると蒸気が勢いよく立ち登る蒸し器が中央に鎮座し、圧倒された。
今日は蒸している様子を見学に来たのだが、湯気と一緒に少し甘い匂いが立ち上っている。
樽や道具は古いが、しかし綺麗に手入れされていて、大事に使われていることが窺い知れた。

 

その数日後、今度は手入れをすると聞いて訪ねて行った。
白衣に身を包んだ和田祐幸さんが、重い扉を開けて手招きをする。
小さな部屋に入った途端、蒸気でレンズが曇った。
ここは、先日蒸した大豆に菌付をした豆を寝かせている室(ムロ)だ。
全ての豆が均一な温度になるよう、手を入れて豆をほぐす。

 

「天気や気温、湿度によっても、豆の状態が違うんよ。
最初は教わった通りにやって、その中で効率化できるところは省くように工夫した。
いろんな作業工程を経て味噌になっていくけど『この作業はなぜするのか?』と思うことがあったけど、あとでよくよく考えると大事な作業と分かったり・・・無駄なことは全てないんやね。
相手が生き物だから、勘どころが大事。その”勘どころ”がだんだん分かって来た。」

そう話す和田祐幸さんは、この仕事を継いで15年。大黒屋の4代目だ。

 

戦前に祖父母が創業。戦後、味噌の醸造を始めた。
和田さんは元々本家の生まれではなかったが、2代目の叔父が亡くなった後、母親が家業を継いでいた。

自分が継ぐと言ったとき、「これを本業にするのは、大丈夫か・・・?」と両親からは心配された。
母親が継いで祖母と一緒にやっていたが、父親は別で仕事をしていたからなおさらだろう。
しかし、わざわざ遠方から大黒屋目当てで郡上に来てくれるお客様や、全国からの電話注文があることをみて、
「きっと行ける!」と確信を持った。

 

25歳で郡上に戻り、「どんな仕事をしよう?」とプラプラしていたが、
継ぐと決めてからは真剣に取り組んだ。
祖母や母親と一緒に作っていても、自分が店頭に立つと「味が変わった」というお得意様がいる。
最初は落ち込んだが、気候や年齢によっても味の感じ方が変わるもの。
とはいえ、内心焦っていた。
そのうち、「美味しい味噌をいつもありがとね。」と言われるようになり、5年目でようやく自信が持てるようになった。

仕事に自信がついてきた頃、今度は建物の大きさが問題になってきた。

売り上げを上げるためには、たくさん生産をしなければならないが、いかんせん、この町家の建物の大きさでは限界がある。
樽に仕込んで1年半寝かせる。出来上がったら、順次販売して樽を開けて、また次の仕込みに入る。できるのは1年半後。
量をたくさん作るためには、広い工場を借りたり、機械化したりも必要だ。
しかし、お客様は「昔ながらの作り方で手で仕込んでいる」ことを重視している人が多い。


「うちはこの規模でやろう。でも、眠っているものを掘り起こして、新たな分野を開拓していこう。」

そう方針を決めた。

 

基本はブレず、味噌・醤油・ソースを元に、おかきや蜂蜜味噌、醤油飴・・・たくさん作っても少し当たればいい。昔から変わらない製法でじっくり時間をかけて作るため、手間暇がかかるし、スペースも限られている。小さなアイテムを使って、大黒屋の名前が広がり、基本の味噌・醤油の窓口を広げられればいい。
お土産物として喜んでもらえるよう、パッケージデザインや袋のデザインにも気を配る。

 

そんな新たな商品開発にチャレンジする和田さんだが、別の顔もある。
郡上八幡の有志団体、「ジョイン・ハンズ」の中心メンバーだ。
郡上八幡では、冬の閑散期、何もせずにコタツに当たっているのもつまらない・・・と
「賑わし」と言って、近所のみんなで集まって何かをやる。
そんな風習もなくなりつつあるが、友人に相談して数人の仲間を集め、自分たちの出費で餅の振る舞いをやった。
その後はどんどんいろんな人が助けてくれるようになり、9年経った今ではメンバーも数十人。
春・夏・秋・冬と自分たちで企画して、町内の方々の協力を得て、町の人や観光客の人に喜んでもらおうとイベントを主催している。

 

「いまだに味噌の桶を開けるときは(1年半後)ドキドキするんよ・・・」というお茶目な笑顔が印象的な和田さんだが、
仕事も、地域活動も、楽しんで全力でやっている。
「自信はあるけど、怠慢な感じにはなりたくない。慢心せずにやり続けたい。」
そう話す表情には、町の次世代を担っていく、本町の旦那の貫禄が、もう垣間見えている。

 

 

大黒屋

http://kaneko-daikokuya.com/annai.html

インタビュー

絵:大坪千賀子
写真:スタジオ伝伝 川島なみ
文:スタジオ伝伝 藤沢百合